日本語を学ぶモンゴル人
旅行でモンゴルを訪れたとき、最初に接するのはたいてい日本語ガイドさんです。陽気で親切なモンゴル人ガイドさんに会うと、旅がますます楽しくなるものです。彼らの日本語の上手さに驚くこともあるでしょう。彼らは日本への留学経験があったり、日本で働いていた人だったり、あるいは現役の大学生だったり、様々です。モンゴルは人口300万ほどの国ですが、日本語がわかる人、勉強している人、興味のある人が意外に多くいます。2015年時点では約1万人がモンゴルで日本語を学んでいるという調査もありました。
ここでは、私が日本語教師としてモンゴルに住む中で見てきた彼らの姿を少し紹介したいと思います。
1.その前に…自己紹介
その前に簡単に自己紹介を。私は2009年から今までモンゴルのウランバートルで日本語教師として働いています。大学、小中学校、語学学校など様々な機関でモンゴルの人たちに日本語を教えてきました。
気づけば、ここで働くようになってもう7年以上。モンゴル人と結婚しているわけでもない、日本企業から派遣されてきたわけでもない、そんな私がなぜ長い間モンゴルに住んでいるの?とよく聞かれます。
そもそも、私がモンゴルと関わり合うようになった最初のきっかけは旅行です。大学生の頃、広い草原が見てみたいと思い、中国の内モンゴルを旅行しました。どこまでも続く草原と満天の星空。心が震えました。その後、モンゴル国へも旅行。大自然はもちろんのこと、そこで出会った人々の明るさと親切さに私は魅了されました。
こうしてモンゴル旅行を繰り返すうちに、もっとこの国のことを知りたい、そのためにぜひ一度住んでみたいという気持ちが膨らみます。でも、モンゴル語ができない私。どんな仕事ができるだろう。そう考えているとき知ったのが日本語教師という仕事でした。当時の私は大学を卒業しOLをしていましたが、会社勤めの傍ら日本語教師の勉強を始めます。次第に具体化していく夢と、安定した職を捨てることへの不安。周りの反対、そして応援。そんな紆余曲折を経て、結局は渡モを果たしました。
ただ、ここでの生活は決して楽なものではありませんでした。文化や習慣、人々の考え方など、当然日本とは大きく違います。仕事でも私生活でも、大きな挫折を味わいました。泣きはらし、サングラスをかけて出勤したこともあります。
それでもなぜ続けてこられたのか。それは、いつも周りの人たちからの支えがあったからです。ここの人間関係は日本に比べとても濃密です。人と人との関係が近く、モンゴル人も日本人も何かあったら自分のことのように心配し手を貸してくれます。そうやって支えてもらってきたからこそ、苦労以上の楽しさを感じて今までやってこられたし、ますますモンゴルが好きになり、一生懸命働いて少しでもこの国に恩返ししたいと思うようになりました。
モンゴルは、自然はもちろん、そこに住む人々にも魅力がいっぱいです。そんな人々の魅力を、ここでは学校現場から、少しお伝えしようと思います。
2.無邪気で人見知りしない生徒たち
「うわっ、先生の話してること、何にもわかんないよ!アハハハ!」
「日本って、幽霊がたくさんいるの?」
「せんせー!ぼく、日本のアニメ見たことあるよ!」
「写輪眼って何?」
「先生、まつ毛すごい長いね。日本人だから?」
モンゴルの子供たちは本当に元気です。初対面の外国人相手でも遠慮しません。初めての授業でも、私に緊張する間も与えてくれませんでした。この人懐っこさは、ゲルへの訪問客を常に歓迎してきた遊牧民気質から来ているのでしょうか。課題ができたら「先生先生先生先生先生!」と、とにかく呼びまくり、時には我先にと教壇へ押し寄せます。「ちょっと待ってー!並んでー!静かにー!」と、こちらも声を枯らしながら応戦し、40分の授業が終わったときにはヘトヘトです。
ただ、そんな賑やかなのも私のときだけ。モンゴル人の先生が教室に少し顔を出せば、背筋を伸ばして静かに座り、「はい、はい」と素直に言うことを聞きます。面白いほどの豹変ぶりですが、このあたりに“先生は絶対的な権威のある人”というモンゴルの昔ながらの教育方針を垣間見ることもできます。
~モンゴルの小中高校 豆知識~
モンゴルの日本語学習者の内訳をみると、その数が一番多いのは実は小中高校生です。6千人以上の生徒が各学校で日本語を学んでいます。モンゴルのような新興国は、これからのことを考えると、一つでも多くの外国語ができることが社会の中で活躍できる条件と言えます。どの学校でも英語は必須ですが、それに加えて何か第二外国語を身に付けたほうがよく、小さい頃からカリキュラムに組み込む学校が増えています。
また近年は右脳開発のためのソロバンも人気です。学校でのクラブ活動のほか、民間のソロバン塾も市内でちらほら見かけるようになり、子供に習わせる親も増えているようです。
3.ガッツあふれる大学生
学生A「先生、“基本”“基礎”“基盤”の違いは何ですか。」
私「え?!」
学生B「奈良時代の農民は、重税に苦しんで逃げる人もいたと聞きました。逃げた場合、当時はどんな罰則があったんですか。」
私「へ?!」
またある時…
私「なんだか眠そうですね。あまり寝ていないんですか。」
学生C「はい、2時間くらいしか。」
学生D「先生、ぼくたちみんなですよ。最近は課題が多くて2~3時間しか寝られないんです!アハハハ!」
もちろん怠け者もいますが、大きな志を持つ学生は、本当に頑張り屋です。モンゴルはこれから伸びるであろう国のため、「自分たちの手でこの国をもっと発展させたい」と考える若者が多いのです。大きい大学になると、高校までは地方で遊牧民でした、という学生もいます。そんな彼らが真剣に国の未来を考え、寝る間も惜しんで勉強しているのを見ると、こちらも手を抜いた仕事はできません。
…ただ、教師泣かせなのはカンニングです。日本と違い、小さい頃からそれほど厳しく指導されてこなかったため、試験中に怪しい動きをする学生が多くいるのです。キョロキョロしまくったり、消しゴムケースの裏に書いたり、中にはスカートに隠れた太ももに書いた強者もいるとか。“いい成績を”“困ったときは助け合い”という考え方も、間違った方向に行ってほしくはないものです。
4.留学や就労を目指す大人たち
モンゴルには、小中高校や大学以外にも多くの語学学校や人材送り出し機関があり、そこでも多くの人が日本へ留学すること、日本で働くことを目指して日本語を学んでいます。教育レベルや賃金の額から見るとモンゴルはまだまだこれからの部分が多く、日本の大学や大学院で学ぶこと、日本で稼ぐことが憧れになっているからです。近年日本側も留学生や技能実習生受け入れに積極的な姿勢を見せているため、このようなモンゴル人はさらに増えていくでしょう。
比較的短期間で日本語を学ぶ必要がある彼らに教えていて驚くことは、その暗記力のすごさです。勉強以外の時でもモンゴル人のそれに感心させられることは度々あり、たとえば言われた電話番号をメモも取らずにさっと覚えたり、いろいろな友人の電話番号を電話帳も見ずに暗唱したりする場面にはよく遭遇します。そのような能力が勉強にも生かされているのでしょう。
また、これらの機関では学習者が日本へ行くことが前提となっているため、日本とモンゴルの文化・習慣などの違いも前もってよく教えておかなければなりません。
はじめ、私が驚いたことの一つは、タトゥーでした。モンゴルの若者はおしゃれの一環でよく体にタトゥーをいれます。一度、クラスの過半数の男性にタトゥーがあったことがあり、事情はわかってはいるものの、私は授業をしながら変に緊張してしまいました。その理由を説明すると、彼らのほうも驚いていましたが。
5.親切で陽気な人柄
真面目な学生も、一旦教室を離れれば、モンゴル人特有の陽気さと親切さが全開です。長期休みを利用して故郷へ招待してくれたり、細かい用事に付き合ってくれたり、モンゴルの行事や遊びに誘ってくれたり。最初に少し書いた通り、彼らの手助けがあったからこそ、私はモンゴルが好きになり、長い間ここで生活してこられました。
元学生A「先生、何か困ったことはないですか。いつでも言ってくださいよ。」
元学生B「先生、○○という仕事があるそうですよ。お給料もいいみたいだから、応募してみたらどうですか。」
元学生C「先生、将来のために、少しずつ貯金したほうがいいですよ。」
元学生D「仕事もいいですが、そろそろ結婚も考えないとだめですよ。」
……などなど、親身になってアドバイスをくれる人たちが周りにいてくれて、私は幸せです。
みなさんもぜひ、モンゴルに遊びにきてください。きれいな自然はもちろん、こんなモンゴルの人たちの人柄に夢中になってしまうかもしれません。
脱サラして2009年に単身モンゴルへ。現在に至るまでウランバートルで日本語教師として働いています。