モンゴルの文化 文化

狼狩りツアーを行うことについて

ツォクトモンゴル乗馬ツアーでは、私が企画した狼に出会うツアーを2017年から開催しています。

https://mongol-jyouba-gakkou.com/tour/tour15#tua15

このツアーは、狼被害にあっている遊牧民のところへ狩人たちと泊まり込みで行き、狼狩りを行うところへ同行してもらうツアーです。

銃を使用するのは国の許可を得た狩人です。お客さんは発砲できません。

狼を銃で仕留めるところに立ち会うツアーなんてやっていいことなのか??

と、当初はとても悩みました。

しかし、モンゴルの狼狩りは単純な楽しみのためのハンティングとは全く異なる世界があります。

狼狩りに同行することで、きっとモンゴル人の生き物に対する敬意を感じることができると思います。

モンゴル民族は狼から生まれた

蒼き狼と白き牝鹿伝説

出典:光栄

チンギス汗の家系についての伝承では、彼の家系のボルジギン部の祖をたどっていくと蒼き狼と白き牝鹿から生まれたと元朝秘史に記述があります。

モンゴル民族にとって狼は、自分たちのルーツを表す重要な生き物であるということが分かります。

今日に至っても、モンゴル人は狼を「祖獣」、あるいは「天神の犬」として神聖視しています。

狩猟対象でもある狼

ただ一方で、家畜の保護のために狼は重要な狩猟対象でもあります。

神聖視しながらも狩猟対象であるという矛盾した狼に対する接し方こそ、モンゴル民族が持つ大きさを表していると僕は思います。

モンゴル人にとっての狼とは?

人間に媚びることなく孤高に生きる姿と、中華文明を拒絶して独自の文化を守ってきた自分たちの誇りを重ね合わせているのかもしれません。

ツオクトさんは乗馬中に狼を見つけると、お客さんのことなど構わずにものすごい速度で狼を追いかけて行きます。

その姿は、狼を家畜が生息する世界から遠ざけているようでもあり、「人間はこわいぞ」ということを伝えているようでもあり、「お前に出会えて嬉しいぞ」という想いを伝えに行っているようでもあります。

狼を見ることはとても良いこと

モンゴルでは狼を見たら「とてもラッキーだ」と言われています。

モンゴル人は狼を「勢い」の象徴として見なし、野外で出会うことを「幸運」と考えられています。

「狼は自分たちより勢い優れたものにしか殺されない」と言われ、狼自身が優れた狩人であることと同じように、その狼を狩ることのできたモンゴル人狩人は、狼が持つ勢いを上回った優れた狩人であるということが証明されたということになります。

狼を狩るということは、モンゴル民族の先祖を狩るということと同じ意味です。

過去の自分自身を乗り越えることができたという民族としての成長をそこに重ね合わせているのかもしれません。

狼は害獣でもあり草原を守る獣でもある

狼は肉食なので、野生の動物を主に食べますが、冬になると家畜を食べに山を降りてきます。

遊牧民にとって家畜は大切な資産なので、食べられると困ります。

禁猟対象のユキヒョウに食べられた家畜は弁済される

モンゴル西部のホブド県では、ユキヒョウに食べられた家畜は政府が弁償するという制度(ユキヒョウは決して狩ってはいけません)がありますが、狼には今のところそのような制度はありません。

年に数頭食べられるぐらいなら問題ないですが、狼が家畜を食べているのを放っておくと、たくさんの狼に狙われて家畜の大半を食べられてしまうこともあるようです。

狼は遊びで羊を噛むことがある

また、狼の中には遊びで何頭もの羊のお尻だけをかじったりすることもあります。かじられてしまった羊たちは数日後に死んでしまいます。

狼が頻繁にやってくるモンゴルの山奥での恐怖体験

遊牧民は狼がやってこないように犬を何頭か飼っていますが、狼がたくさんいるモンゴル奥地の山岳地帯では、4月に新しく飼い始めた犬の3頭が、7月までには狼にやられてしまい、毎晩のようにゲルの隣で寝ている家畜を襲いにきます。

僕もホブドで宿泊していた時、夜中に家畜の走り回る足音が聞こえてくることがありました。遊牧民のお父さんが外に出て狼を追い払いにいくので、僕も外にでてみましたが、闇に押しつぶされました。

ゲルの外では、真っ暗闇の中を家畜が必死に逃げ回る音だけが聞こえてきます。

その音は僕が家畜を追いかけた時のような音ではありません。死の恐怖と戦って死に物狂いで走り回っている音です。

闇に向かって「チョー!」と言って狼を追い払わないといけないのですが、万が一狼にかじられたらどうしようという恐怖がすごくてゲルから離れることはできませんでした。

そこでは狼が自然界の頂点に君臨していました。

狼を追い払っていたお父さん

狼は家畜を食べることで草原を守っている

遊牧民にとって狼は大切な家畜を食い漁る天敵です。

しかし、狼は家畜を食べますが、逆に家畜を食べることによって草原に家畜が増えすぎることを防いでもいます。

草原に家畜が増えすぎてしまうと、草原の草が根こそぎ食べられてしまって砂漠になってしまいます。モンゴルの草原は、砂漠や荒地になってしまうと草原に戻るまでには大変な時間がかかります。家畜が増えすぎると、草原は砂漠になってしまい、家畜が死に絶えて遊牧民も生きていくことができなくなってしまいます。

狼が家畜を食べることで草原が守られているということでもあります。

遊牧民は狼狩りをしますが、家畜にとって邪魔だから絶滅させようなどとは誰も思っていません。

狼を狩りすぎないようにすることも、自然を守る優秀な狩人の条件です。

自然と生きる遊牧民

動物のことを考えてゲルを建てる

遊牧民は川の近くにゲルを建てません。

川の近くに人間のゲルがあると、動物たちが水を飲みにくるのに邪魔になりますね。

だからいつも川から離れたところでゲルを建てています。

人間は自然の一部であるということを体現して生きているのが遊牧民です。

狼を仕留めた狩人

狼を仕留めた狩人の表情も、仕留めた高揚感はほとんど感じることができません。

仕留められた狼に同情しているようにも見えます。

モンゴル民族の祖でもある狼を仕留めたということは、自分自身の先祖を仕留めたということになります。しかしそれでも家畜を守るためには狼を仕留めなければならないという自然そのものが、そこにはあるのではないでしょうか。

狼への尊敬と、狼によって自然が守られていることをわかった上で、狼狩りについていく緊張感や狼に襲われるかもしれないという恐怖感は、自然界で当たり前に存在している命のやり取りをまざまざと体感できるのではないでしょうか。

狼狩りに同行して感じた恐怖

僕も狼狩りに始めてついて行った時、早朝の5時から冷たい土の上に白い服を着てじっと狼がやってくる方向を双眼鏡で睨んでいました。

狼は滅多に人間の前に現れることはありません。人間の匂いや人の音がするだけで離れていくので、音をたてないように、風下を選んで待ち伏せます。

目の前は狼の住処となる森の入り口と草原が広がっています。

双眼鏡には鳥やタルバガンが写っており、狼が近づいてきたら鳥たちも騒ぎ始めると思って動きを注視していました。

でももしかしたら賢い狼は人間がいることに気づいて、逆に裏をかいて後ろから襲ってくるかもしれない。。

目で周囲を把握するのが当たり前すぎて、後ろの気配とか匂いとかは全然わかりません。後ろから狼に近づいてこられても直前まで気づかないと思います。

狼を待つ2時間は恐怖との戦いでもありました。

結局、狼は現れませんでしたが、「帰るぞ」と言われた時はホッとしました。逃げるように車に乗って扉を閉めてやっと安心できました。

狼が人間に向かってくることは無いと言われていても、怖いものは怖い。

狼を見ることはできなかったですが、狼を身近に感じることのできた貴重な経験になっています。

 

さいごに・・・

モンゴル人と狼との関わりは、モンゴル民族の自然との関わり方を間近に学べるチャンスでもあります。

狼に出会うツアーを通して、何かを得てもらえたらと思います。

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